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仙台高等裁判所 昭和34年(ネ)184号 判決 1961年8月23日

控訴人 高橋三之介

被控訴人 高橋秀雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は次に述べる事項のほか、すべて、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

被控訴代理人の主張

一、被控訴人は亡夫三之介より昭和二〇年一二月二〇日福島県安達郡二本松町字田中一の二七番、田四畝一四歩のうち一畝一九歩、及び同所の二八番田一一歩(以下単に本件土地と略称する。)の贈与を受けたが、右三之介が右土地の所有権移転登記手続をしないまま死亡したので、控訴人と協議の結果、控訴人において被控訴人が亡三之介の遺産について相続を放棄すれば直ちに右贈与を原因とする所有権移転登記手続をなすことを約したので、被控訴人は亡三之介の遺産につき相続の放棄をなしたものである。(原判決書一枚目裏六行目に「田中一二七番」とあるのは「田中一の二七番」の、同七行目に「同所二七番」とあるのは「同所の二八番」の各誤りであるから、その旨訂正する。)

二、仮に然らずとしても、被控訴人は控訴人より昭和三二年三月二五日農地法第五条第一項所定の知事の許可を受けることを条件として右土地の贈与を受け、同年七月一〇日右許可を受けたものである。なお被控訴人は亡父三之介の遺産につき相続放棄をしたために控訴人より右土地の贈与を受けたもので、その実質は単なる贈与ではなく遺産の分割であるから、民法第五五〇条の適用はないものと解すべきである。

三、控訴人の従前の主張事実中右主張に反する部分は撤回する。

四、控訴人の当審における主張事実はすべて争う。

控訴代理人の主張、

一、仮に控訴人と被控訴人間に被控訴人主張のような贈与契約がなされたとしても、予め農地法第三条所定の知事の許可を受けない農地の贈与は贈与の予約に過ぎないものと解すべきところ、被控訴人は右知事の許可後に予約完結の意思表示をしていないから、右贈与は未だその効力を生じていないものというべきである。

二、仮に然らずとしても、本件贈与契約は書面によらないものであるから、本訴においてこれを取消す。

甲第五号証は控訴人と被控訴人両名より福島県知事宛の農地法第五条第一項の規定による許可申請書であつて、控訴人が被控訴人に対して本件土地を贈与する意思を表示したものではないから、右申請書を贈与の書面ということはできない。

なお被控訴人が現在本件土地のうち北東の部分約一七坪を除く範囲を占有していることは認めるが、右は控訴人が昭和三二年三月一二日被控訴人に右地上に建築した建物を贈与し、控訴人がこれに入居した結果、おのずから、その敷地部分である右範囲を占有するに至つたもので、被控訴人が右土地の贈与を受けて、その引渡を受けたために占有するに至つたものではない。

三、被控訴人は控訴人に対しかねてより不都合な行為が多く、ことに昭和三三年一二月二三日には控訴人方に押入り、控訴人の妻トミに対して暴力を振い、よつて同女の左背部に全治二週間を要する打撲症を負わせたものである。しかして本件贈与が書面によるものであるとしても、控訴人は被控訴人の右のような忘恩的行為を理由に右贈与を取消すものである。

証拠関係

被控訴代理人は新たに甲第七号証の一、二を提出し、当審証人高橋ハナ、同久納貫一、同渡辺辰美、同本多勝弥、同津田一郎、同鈴木長吉、同宮崎徳治、同渡辺利男の各証言、当審における被控訴本人尋問の結果を援用し、乙第二一、第二二号証の各成立を認めると述べ、控訴代理人は新たに乙第二一、第二二号証を提出し、当審証人高橋トミ、同久納貫一、同渡辺辰美、同本多勝弥の各証言、当審における控訴本人尋問及び検証の各結果を援用し、甲第七号証の一、二の各成立を認めると述べた。

理由

一、控訴人が被控訴人の兄であり、本件土地がもと控訴人らの先代高橋三之介の所有であつたこと、右三之介が昭和二七年一二月二日死亡し、被控訴人がその遺産につき相続を放棄したこと及び本件土地につき控訴人が相続により単独で所有権を取得した旨の移転登記がなされていることは当事者間に争がない。

二、被控訴人は昭和二〇年一二月二〇日先代三之介より本件土地の贈与を受けた旨主張するが、当審証人高橋ハナの証言、原審及び当審における被控訴本人尋問の結果中右主張に符合する部分は原審及び当審における控訴本人尋問の結果に対比してにわかに信用し難く、他に右主張事実を肯認するに足る証拠はない。

三、しかしながら、成立に争のない甲第一号証の一、二、甲第二ないし第五号証、当審証人高橋ハナの証言、原審及び当審における被控訴本人尋問の結果(以上のうち後記措信しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨を綜合すれば、先代三之介は本件土地のうち一畝一五歩につき昭和二四年二月二二日頃農地潰廃(宅地への転用)の許可を得たが、その登記手続を経ないまま死亡したため、相続により本件土地の所有権を取得した控訴人は被控訴人を分家させるべく、昭和三二年三月二五日頃本件土地をその宅地用地として被控訴人に贈与することとし、同日被控訴人と連署のうえ、福島県知事に対し、右土地(農地)につき改めて、宅地として転用することを目的とし、右土地を被控訴人に無償贈与する旨記載した農地法第五条第一項、同法施行規則第六条第一項所定の許可申請書(甲第五号証)を作成、提出したことが認められ、当審証人高橋ハナ、同高橋トミの各証言、原審及び当審における被控訴人並びに控訴人の各本人尋問の結果中右認定に牴触する部分はにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

四、控訴人は予め農地法第三条所定の知事の許可を受けない農地の贈与は、贈与の予約に過ぎないのに、被控訴人は右許可後に予約完結の意思表示をしていないから、右贈与は未だその効力を生じていないものであると主張し、控訴人らが右贈与につき、予め知事の許可を得なかつたことは弁論の全趣旨に照して明らかであるが、前段認定の事実に前掲甲第二ないし第五号証及び弁論の全趣旨によれば、右農地の贈与は農地法第五条第一項所定の農地の転用のための権利移転の知事の許可を受けることを条件とし、知事の許可があつたときは、被控訴人において本件土地の地目を農地より宅地に変換の申告並びに登記手続をなしたうえ、宅地として所有権移転及びその登記手続をなすことを内容とするものであつて契約と同時に無条件に右農地の所有権を移転することを内容とするものではなく、右許可のあることを停止条件とする将来の宅地の贈与と認むべきであるから、本件土地の所有権移転に対しては農地法第三条所定の知事の許可を受けることを要しない。従つて、その然らざることを前提とする控訴人の右主張は採用するに由ない。

五、次に控訴人は右贈与契約は書面によらないものであるから本訴においてこれを取消す旨主張するが、民法第五五〇条の立法趣旨は贈与者が軽卒に贈与契約をなすことを戒めるとともに、証拠が不明確となり後日紛争の生ずることを避けようとするにあるから、前記認定のように、その名宛が福島県知事に対するものとはいえ、本件土地の贈与当日、控訴人と被控訴人が連署して、控訴人が本件土地を被控訴人に無償贈与する旨記載した農地転用のための所有権移転の許可申請書(甲第五号証)を作成し、被控訴人において本件土地を控訴人に与える意思を文書に表示した以上、右の贈与をもつて書面によらないものということはできないから、控訴人の右主張も亦採用できない。

六、次いで控訴人は被控訴人はかねてより控訴人に対して不都合な行為が多く、ことに昭和三三年一二月二三日には控訴人方に押入つて控訴人の妻トミに暴力を振い、よつて同女の左背部に全治二週間を要する打撲症を負わせたから、被控訴人の右のような背恩的行為を理由に本件贈与契約を取消す旨主張し、成立に争のない乙第二一号証、当審証人高橋トミの証言によれば、被控訴人はかねて商売上のことから控訴人との間に感情の対立を生じていたが、控訴人主張の日控訴人方において些細のことで控訴人の妻トミに暴力を振い、同女の左背部に全治二週間の打撲症を負わせたことが認められるが、わが民法においては、ドイツ民法第五三〇条のような受贈者の背恩的行為に基く贈与者の取消権に関する規定がないから、右のような事実を捉えて、直ちに贈与の取消理由とはなし得ない。よつて控訴人の右主張も亦採用の限りでない。

七、そして福島県知事が昭和三二年七月一〇日付で控訴人らの前記許可申請を許可したこと、及び本件土地が市制施行、地積調査及び土地区画整理の結果これを合筆して、登記簿上二本松市若宮二丁目一番、宅地六七坪三合五勺と表示されるに至つたことは当事者間に争がない。

八、以上認定の事実によれば、控訴人は昭和三二年二月二五日頃被控訴人に対し農地法第五条第一項所定の知事の許可を条件として本件土地を贈与し、その後右知事の許可を得たことが明らかであるから、控訴人に対し、右土地につき贈与を原因とする所有権移転登記手続を求める被控訴人の本訴請求は理由あるものといわねばならない。

九、よつて被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 上野正秋 鍬守正一)

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